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久しぶりの青空です。
沢山の洗濯物を干してほっとしていたら、風にのっていい香りがしてきました。 ![]() 「PCの使い勝手が良くなったら、ブログもやる気がでるだろう」と モニターを新しいのに取り替えてくれました。 (何のことだか?・・・・サッパリ?) 画面が大きくなり、老眼の目にはいいかも、 うん 画面がサクサク動く うん 機械が揃っても頭がついていかなくては、どうしょうもない。 今年こそ春からの老人大学(こんな名前じゃなかったっけ)へ申し込んで 頭の体操を始めようと! (くじ運よわいからなぁ~)← 早くも弱気 ![]() 今年は買い遅れてしまい、暮れも押し迫った頃、 売れ残りの980円也のシクラメンを急いで買い求めました。 「残り福」ですね しっかり元気に咲いてくれました。
はやいもので明けてもう十日 なまけ病が身に染み付いて締まったようです。
遅まきながら2012年は「いち」スタートからスタートします。 鉄市 いち 10歳2ヶ月 ![]() いちハウスのテラスで日向ぼっこ中です。 いち家へ払い下げ座布団を掛けたら されたまま のんびりしています。 今まで、布団も毛布も振り回すわ、食いちぎるわでボロボロにしていたのが、 今年は珍しくそのままの姿の座布団で残っています。 今日は穏やかなお掃除日和です。 ボチボチとおせち料作りも始めています。 この写真は12月24日 クリスマス寒波の朝の初氷です。 睡蓮鉢の中にはメダカが泳いでいます。 おぉー寒ぶう~ ![]() 長らくサボってしまいました。 来年は老化(ボケ)防止のためにもしっかりと続けたいものです。 こんな拙いブログですが お付き合いいただき有難うございました。 来年も宜しくお願いします。 どうぞ良いお年をお迎えください。
2011年 12月 園瀬橋架け替え工事の進み具合は
橋の上より南岸工事を見たところ ![]() 北岸の取り付け部分の工事も進んでいます。 ![]() 川の中の様子です。 (橋の上より東方向、文化の森への橋が見える) ![]() # by sumire-ms | 2011-12-29 21:38
阿弥陀寺 三千院、寂光院 ふれあい旅行へ夫と参加しました。 阿弥陀寺 山門より道が悪いので、あらかじめ旅行会社が予約してくれていたタクシーで近くまで行き ![]() こんな谷川沿いの坂道を歩き ![]() 阿弥陀寺 ![]() 三千院へ ![]() 三千院 日曜日でもあり、まるで人を見に行った様 ![]() ![]() 小さな葉っぱのモミジが綺麗に紅葉していました。(全体的に今年の紅葉はも一つですね) ![]() 寂光院 三千院から寂光院へも歩くと30分、 ここも、山門近くまでタクシーでいきました。 ![]() ![]() ![]() 天気に恵まれていい旅になりましたが、京都の行楽シーズンは、人を見に行くようなもの ゆっくりと周りを眺めながら歩いてお参りできると良かったのですが・・・・ それは またの機会にという事に・・・・
間が空いてしまい気が抜けた抜けてしまいましたが、旅の第二の目的地弘前城一気にいってしまいます。
前日までの暑さが信じられないほどの弘前の朝の寒さです ホテルから見える岩木山 雄大です ![]() いよいよ現存12天主の最後の弘前城へ 最初の天守は弘前藩2代藩主津軽信枚により慶長14年(1609年)頃に本丸南西隅に建てられた5重の 建物である。 内部6階と推定される建築は僅か4万7000石の大名としては破格の巨大さで東北地方では 若松城天守に次ぐものであった。 しかし、完成から僅か20年に満たない寛永4年(1627年)に落雷で炎上し、内部の火薬に引火して 大爆発を 起こし焼失した。 この天守は再建されることなく、跡には本丸未申櫓が建てられた。 石垣も大きく改変されかつての痕跡は存在していない。 現存12天主の一つ。 (wikipediaより引用) 追手門 ![]() ![]() 天主閣 ![]() 天主閣 ![]() ![]() 武者落とし ![]() どこのお城もよく似た急な階段 ![]() 朝早く行ったのでお城は独り占め状態で ゆっくり見て回れましたが、なにせ広~い ![]() 丑寅櫓 ![]() 辰巳櫓 ![]() 未申櫓 ![]() 東門 ![]() 東内門 ![]() 南内門 ![]() 北門 ![]() 現存12天主閣 やっと全部制覇しました ヤレヤレ も、束の間 帰り道 夫の言葉「写真がないので、まだ3ヶ所ほど残っている」・・・・・ <昔行ったので、子供中心の写真なので、お城の写真が無い!! まだ済んでいない> (らしい) お城のあとは、弘前城の直ぐ近くにあるねぷた村へ ![]() 駐車場に植わっていたリンゴ ![]() 鈴なりのリンゴ 可愛い ![]() 津軽三味線の生演奏 素晴らしいバチさばきの迫力のある素晴らしい演奏でした。 ![]() More 気になったもの
11月3日 いよいよ本宮です
昔は露店がでたりして賑やかなお祭りでしたが、 今は、神社の役員や年番とお神輿を担ぐ幼稚園児の父兄ぐらいしか集まらない 淋しいお祭りになってしまった。 廃れないのは、氏子=町内会の町内だからだろう。 去年肩を痛めた夫に代わり息子が馬を引いて神社へ向かう ![]() お神輿、子供神輿2台。 だんじりも勢ぞろい ![]() ![]() 新調の衣装でだんじりにのる子供達 (昔は4,5台のだんじりが出ていた) ![]() 各町内会からの馬も揃っています。 ![]() 馬 揃ってお宮さんを3回ぐるりと回ります。 ![]() お祓いをしてもいらって ![]() 神楽も始まりそろそろ出発です。 ![]() 往復3キロの道のり、巫女さんはスニーカー ![]() お神輿を先頭に朝宮神社までお渡りです。 ![]() 3年連続で大役を努めた秋祭りですが、 来年は年番が回ってくる年になるらしい。 4年連続して神社の行事にたずさわることになる 来年は10年毎に順番が来る神踊りの年になる。大変、大変!! 今年の秋祭りは馬当家(うまどうや)の役目が回ってきました。 昨年は、三社祭りの本当家、一昨年は神輿当家と三年連続で努めることになる。 それぞれの役目はクジ引きで決まるのだが、3年連続クジに当たるというのは運がいいのか悪いのか。 神様のお役を務めるのだから運が良いのでしょうね。 宮司さんの言われるには「めったにないこと」 とか この馬当家を務めれば、後70年はこの役目は回ってこない(但し、クジ運が良ければの話です) ![]() 馬当家は、かっては神幸祭に馬を以って奉仕していたが、農耕馬が飼われなくなるにつれて馬の絵を 書いた幟をかついで祭りに参列するようになりました。 竹を四方に立て、藁で結んで馬小屋を作り、その中に馬の幟を立て、祭壇を作れば馬当家の出来上がり。 家の中は、「宅宮神社」の掛軸を」掛け、「海のもの山のものを」をおまつりします。 10月30日は神主が地域(町内)ごとに当番となった馬当家を訪れ、家の繁栄を願って祝詞をあげてくれる。 11月3日の秋祭りの大祭に、各馬当家(10家)はこの馬の幟をもって本宮(宅宮神社)に集まり、 本宮から支宮(朝宮神社)までの1.5キロを神輿の後につき従う。 この馬当家は11月3日の秋の大祭までの五日間、我家の車庫でお祭りします。 3年連続、当家があたったのでひょとしたら、今年は年末ジャンボで3億円の宝くじに当たるかもしれない。
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